翻訳 これはパイプではない No.14
その晩のことが浮かぶと、急に吐き気が込み上げてきた。走っているタクシーの窓を開けて首を突き出し急いで吐いたので、吐瀉物が半分ぐらいタクシーのシートに飛び散った。酸っぱい臭いが広がるや運転手は露骨にぶつぶつ言った。
運転手の顔色を見ながらチリ紙で拭いてしまってから、イミジはちょうど通り過ぎる所が夫の事務室の近所であることに気付いて、急いで車を止めて降りた。作業室を借りた建物にほとんど一年ぶりに来た。ドアを叩いたけれど中には何の気配もない。運よくハンドバックの中にあった鍵の輪に夫の作業室の鍵が引っかかっていた。作業室のドアの前で鍵を開けて入ると、テレビン油の臭いがわっと押し寄せてきた。変なことにイミジは以前からこの臭いが好きだった。腹の中が治まったようだ。
灯りがともっているが、夫は見えない。履き替えないソックスから出る足の臭気と馴染んだ夫の体臭が空気中に漂っている。彼は席を立ってから間もないようだ。ゴミ箱には食べてしまったカップラーメンの容器やコーヒーの缶、焼酎の缶があふれ出ている。キャンパスも白いままだ。この時刻にどこへ行ったのか。夫の机の前の椅子に座ってみた。机にはスケッチと筆、そして鉛筆と画集が散らばっている。
イミジはその中から一番上に広げてある画集を引っ張って見た。ルネ・マグリットの画集だ。数ページめくってイミジはある絵の前で戦慄を感じた。イメージと言葉が混じっている絵だ。この絵はとても単純にパイプを写実的に描いたものだ。絵の題名は「イメージと食い違い」。パイプの下にはフランス語でこのように記されている。
「これはパイプではない。」
ある朝、イミジは一番目と二番目のモーニングコールの間にルネ・マグリットが絵の中を飛び回っている夢を見る。イミジの枕元にあるドリームキャッチャーは混乱した、その夢の中から一つの生き生きした言葉を捕まえる。シャポームロンを頭にかぶっているルネ・マグリットがこんな風に囁く言葉をイミジは捕まえることができた。
「これがパイプであれば、これを取って煙草を吸うさ。」
-完ー
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